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白紙伝説とオカキョン、そして揺ぎない思い。

チャットモンチーのボーカルである橋本絵里子は、高校3年生のときに、進路希望を出すときに大学名を何も書かず白紙で出した(進学クラスにいるのに)。
すでにミュージシャンになることを決めていて、だから大学とか、そういう選択肢はないから、という理由で白紙だったのだ。ミュージシャンになりたいのではなく、ミュージシャンになると決めていたのだ。
彼女が音楽の神の子と呼ばれるエピソードの一つとして知られている。
(模試を受けに来たときの用紙に記入したっていう、なら、模試受けんなよっていうオチもあるわけだけれども、それはさておき。)

この話を聞いたときに思い出したのが、コミック界の神の子、岡崎京子についての大塚英志が伝えるエピソードだ。


「岡崎京子の『バージン』が今日の「岡崎京子のような作家」の装本の「前例」となったことは確かである。今ではそれは彼女たちの「既得権益」だが、そんなことさえも自分で切り拓いていなかくてはならない世代」が、かつていたのである。」(「「おたく」の精神史 一九八〇年代論」(大塚英志著 講談社現代新書)P206より引用)

「居場所がなかった女の子の描き手がある決意をもってやってきた場所」(同 P206)=「エロ雑誌」の編集で岡崎と出会い、そして岡崎にとっては決して良い思い出とはならず、恐らく批判(あるいは批難)の対象となった大塚は、それでもなお「岡崎京子は属すべきジャンルのないまんが家としてぼくの前に現れ、そして、十何年かを経て彼女を明らかな出発点とするジャンルを作った」((同 P194)ときわめて高い評価をせざるを得ない。
そして、白倉由美が当時岡崎京子が「自分は絶対にまんが家になる」と新人の中でただ一人強く公言していたという証言に触れている。

そうなのだ。

はたからみたら思い込みに見えてしまうような思い。
それがゆるぎなければゆるぎないほど現実を変えていくのだ。

最近ぼくは複数の人から

「いろいろなことをやっていますね。」

みたいなことを言われる。

でも、いろいろやっていたも何もできないままやみくもに動き、何かを得ようとしている。
でも、何かを得たのだろうか?
ぼくはただ、逃げているだけじゃないんだろうか?
自分が本当に目指す場所は一体どこなんだろう?
その場所へのゆるぎない思いはあるのだろうか?
そこにむかってきちんと進んでいるのだろうか?
たどりつくまでわからないんだろう。
けれど、少し横道に入り込みすぎているような気がする。
今、ぼくが考えるべきことは、今ぼくにとって一番大事な人であり、大事なことについて。
もっと必死にならないと。集中しないとね。
今のままじゃ、だめな気がする。

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